ASANOT BLOG / アサノタカオの日誌

編集者。本、旅、考える時間。

詩人・山尾三省と『80年代』

 

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http://www.shinsensha.com/80nendai.html

 

 脱原発エコロジー、食と農、コミューン、ちいさな仕事・お金の作り方、オルタナティブな教育、社会運動、精神世界、ミニコミやリトルプレス。

 以上は、雑誌『80年代』(後に『自然生活』に改称し、97年に休刊)の特集テーマで、今でなら『スペクテイター』『ソトコト』『マーマーマガジン』などの雑誌がこぞって取り上げそうな内容だ。


 バックナンバーを集めて読んでいるのだが、現在の視点から見てもなかなか面白い。日本の対抗文化(カウンターカルチャー)を代表する詩人で、屋久島に移住した山尾三省(1938-2001)が中心的な寄稿者の一人であり、ある時期から詩とエッセイによる発言で特集の方向性をリードしていた。

 

 『80年代』のバックナンバーを読んでいて新鮮な驚きを感じるのは、メディアが発信する言論やカルチャーの中で、〈詩〉や〈歌〉がとても重要な役割を果たしていることだ。


 目次を見ると、パン屋さんや本屋さん、百姓や漁師、主婦や陶芸家、映画監督や活動家、さまざまな分野の専門家や一般市民が語るのと同じ誌面で、たとえばこんな人びとが名を連ねている。

 喜納昌吉とチャンプルーズ、ゲイリー・スナイダー、宗秋月片桐ユズルぱくきょんみ、W・H・ブラックエルク、高良勉、ナナオ・サカキ、アレン・ギンズバーグ、内田ボブ、早川ユミ、李政美、李銀子。

 いずれも私が尊敬する詩人や作家や歌手で、ぱくきょんみさん、高良勉さん、早川ユミさんとは個人的なつながりがある。

 ほかにも気になる名前としては、津村喬松下竜一中尾ハジメ、イバン・イリイチ真木悠介、伊藤ルイ、ラム・ダス、栗本慎一郎、アイリーン・スミス。


 私がある時期、熱心に著作を読んできた思想家だ。

 またもう一つ注目される点は、ユニークな発行形態だろう。『80年代』は、脱原発などの反体制的な社会運動と精神世界(鶴見俊輔と関わりの深い大倭教など)のネットワークの潮流に乗って、東京、奈良、青森、京都、静岡と転々と移動しながら発行された〈ローカル・メディア〉だった。

 山尾三省屋久島での暮らしを継続的に紹介し、また地域や田舎暮らしをテーマにした特集をなんども組んでおり、昨今のメディアにおけるローカル・ブームを先取りする視点を持っている。

 ただそれ以上に重要だと思うのは、この雑誌の編集方針が、単なる地方礼賛・お国自慢に止まらず、叛逆と反骨の精神に根ざした複数のローカルな声をむすびつけ、国外のローカルな声も積極的に紹介しようとする、社会批評的でトランス・ローカルな思想をごく自然に持っていることだろう(同じような指向性を持つ同時代のミニコミとしては、80年創刊の『水牛(通信)』をあげることができる)。

 詩のことばを中心にすえたメディアを介して、新しい文化と生き方を模索する複数の個人や複数のローカルがつながりあう運動がかつてあった。

 〈バック・トゥ・ネイチャー〉という理想を掲げた山尾三省。かれらがリードし、60年代後半から80年代に成熟したある種の対抗文化の可能性とはなんだったのか。

 それはどのような歴史的・社会的な背景から生まれ、どのような展望を開くことを目指していたのか。そして、東日本大震災以降、「スローライフ」「小商い」「コミュニティデザイン」「 Iターン・Uターン」というキーワードに象徴されるムーブメントの中で、山尾三省らの詩と批評の何が継承され、また忘却されているのか。

 山尾三省の著作をあれこれ読みあさり、雑誌『80年代』『自然生活』の周辺をリサーチしながら、そんなことを自分なりに考えている。

 

 今年2018年の8月、山尾三省が生涯を終えた屋久島を旅する予定だ。

 時代や社会のなかで〈詩〉が果たす役割ってなんだろう? 最近よく言われる「地方創生」という文脈でのローカル言説の主流を占めるのはおそらく行政やビジネスの論理で、そこに詩人の姿はまずみられない。1980年から30年以上たった現在、〈詩〉はなおも人々の行方を照らす灯になりうるのだろうか? 〈詩〉のことばがそこから生まれ、そこへ還ってゆく小さな場所(ローカル)は、いまどこにあるのか?

 

追記

 1968年創刊、スティーブ・ジョブズも読んでいたらしいアメリカの伝説的な雑誌『ホールアースカタログ』やアリシア・ベイ=ローレルの名著『地球の上に生きる』などのスピリットを『80年代』は受け継いでいて、「生活を変えるためのカタログ」という衣食住に関わる実用的な読み物コーナーを設けており、特集のみならずここも読み応えがある。

 コンテンツとして漫画や付録のソノシートによる歌謡もあり、とりわけ初期は「やりたい放題な感じ」がうまく表現されている。創刊号の発行部数は1万2000部、ほぼ完売だったそうだ。