ASANOT BLOG / アサノタカオの日誌

編集者。本、旅、考える時間。

チョン・ハナ K-文学を「詩」で味わう夕べ

 

現代詩手帖』2019年8月号に寄稿したエッセイを再掲載します。

 

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http://www.shichosha.co.jp/gendaishitecho/item_2384.html

 

 6月20日、東京・神保町の韓国ブックカフェ・チェッコリで「K-文学を『詩』で味わう夕べ」が開催され、2018年に具常(クサン)文学賞を受賞した詩人、チョン・ハナ(鄭漢娥)さんのトークが翻訳家の吉川凪さんの進行でおこなわれた。

 「社会的な洞察をもとに資本主義の重大な問題を提起しながら新しい詩のスタイルを創り上げている」と評されるチョンさん。今回がはじめての来日で、以前カナダの英語学校で友人になった日本人女性との交流から語り出した。会場で配布された、詩集『ウルフノート』からの抄訳冊子(翻訳=吉川凪・東京外国語大学韓国文学研究室)にある「日本の皆様へ」と題された一文にこう書かれている。「詩とは私たちが話していたブロークンイングリッシュのようなものではないかと思ったりします。そう、それは、文法はめちゃくちゃだったけれど、ほとんどテレパシーのようなものだったに違いありません。たとえ、お互いに誤解していたとしても」

 1975年生まれ、10代から詩に興味をもち、ロマン主義の詩人の作品、デュマの小説『モンテ・クリスト伯』などを愛読。高校から文芸部に入って詩作をはじめるが、デビューは30歳をすぎてから。「ほどほどに憂鬱で退屈だったから、自分は詩人になった」とチョンさんは言う。「本物の孤独、悲嘆、生きづらさの渦中にいたら、詩は書けなかっただろう」と。

 近年、韓国社会でフェミニズムジェンダーの問題が注目されている点について意見を求められると、意識的にそういう視点を作品に盛り込むことはないとしつつ、MeToo運動に共鳴して文学界でも抑圧されてきた女性たちが声をあげ、性暴力を告発している状況を解説。現在、韓国の詩人たちは、言語の暴力性・政治性により注意深くなっていると強調した。

 軍事政権下の民主化運動とともにあった「詩と政治」の時代から、2000年代のポストモダニズム的な「未来派」をへて、チョンさんは「ポスト未来派」と目されている。韓国の詩の世界では実験的で自閉的な傾向、表現の技術や方法そのものへの関心を示す未来派以降、より静謐で伝統的なスタイルが回帰していると分析し、詩人のファン・インチャンらの名前を挙げた。

 最後にチョン・ハナさんは、「ローン・ウルフ氏」という架空の野宿者をめぐる寓意的でミステリアスな連作から一篇を朗読。「証拠が消える前に/あの森に入らなければ/そこでアベマキやブナの木の葉は何を見たのだ/ノロの小便は 居眠りするふりをしていた野鴨は 何を聞いたのだ」(「(スクープ)〈ウルフノート〉の失われたページ」より)。詩を読み、詩の翻訳を読むことで、「想像力の境界線を越える経験をしてほしい」と聴衆に語りかけた。