ASANOT BLOG

本、ローカル、考える時間。編集者・淺野卓夫(あさのたかお)の日記

神戸新聞を読んで 4

 

2016年6月に神戸新聞にて、週1回の紙面批評の連載(4回)を担当しました。ブログに再掲載します。第4回、最終回です。

 

誰かと一対一で対面する時に自分の顔を見ることはできない。手掛かりは目の前にいる相手の表情しかない。その顔に笑みが浮かんでいるか、悲しみや怒りが浮かんでいるかを見て、わが身のあり方を思い知る。

毎朝届く新聞の1面は、まさに「顔」である。

そこでは、ある事件や出来事をめぐるニュースが表情になる。紙面に向き合う私たちは、その表情を読みとり、喜怒哀楽の感情を抱く。そして一日のはじまりの時間に、自分がどのような顔で生きるのか、朝刊はその態度を導いてくれる。

しかし目の前にいる誰かに、本当に大切なことを避けるように人ごとのような話ばかりされては、どんな顔を向けてよいのか分からない。

私は6月14日以降の神戸新聞にそれを感じた。

舛添要一東京都知事の辞任に向けた一連の報道である。実に14日付朝刊・夕刊、15日付朝刊・夕刊、16日付朝刊1面トップで報じられているのだが、県外の一自治体の首長の動向がそれほど大切なことなのか。

地方紙に全国や海外のニュースは不要である、と主張するつもりはない。参院選に関わる国民の関心事であることも知っている。読者のニーズがあると言われればそれまでだ。

だが、マスメディアが足並みをそろえて演出する「政治的追放劇」の空気に、ニュースの発信者のみならずその受け取り手である読者も、虚しく踊らされているだけではないのか。

20日付朝刊1面は「沖縄『県民大会』米海兵隊の撤退要求 女性殺害事件6・5万人が追悼」。先月起こった元海兵隊員軍属による女性暴行殺害事件。それに抗議する、沖縄県民の怒りと基地反対の意思の高まりを伝えている。

「都知事辞任」報道の陰に隠れて、テレビなどでは沖縄という地域社会を踏みにじるこの火急の問題が十分に報じられていない印象があり、こうした記事をじっくりと読むことのできる時間は貴重だ。

同日付27面では「涙の訴え『本土も加害者』」とあり、被害者と同じうるま市にすむ大学生・玉城愛さんのスピーチが紹介されている。被害者の父親のメッセージも全文掲載。どの言葉も、本当に大切なことだけを語っている。

痛ましい言葉が、「本土」に暮らすこちら側の目を見つめ、私たち一人ひとりの態度を問う。

記事を読む私に、応答の言葉はない。今は瞑目してうつむく以外に、表情の作り方が分らない。しかし人生という時間を費やしてでも対面するに値する、忘れられない「顔」が、確かにそこにあった。